今回は、わたなべまさこ「聖ロザリンド」です。本コラムでは珍しくも単独の作品がネタです。漫画の手帖の読者様にあられましては、ことさら説明する必要があるとは思えないほどの有名な作品ですが、一応念の為に説明しておきます。
少女漫画界の大巨匠わたなべまさこ大先生の大傑作「聖ロザリンド」は、 週刊少女フレンドに連載されました。連載時期は第1部が1973年12号〜19/20合併号まで、第2部が1973年33号〜41号までの全17回。
単行本は講談社から第1部が『聖ロザリンド(世にもこわい話)』として1973年に刊行。第2部が1974年に『聖ロザリンド 総集編』として刊行されました。困ったことにこの単行本に通巻が付いていません。しかも第1部が通称KC500番代と呼ばれる旧講談社コミックスシリーズとして刊行され、第2部がKCフレンドシリーズとして刊行されていて、シリーズとしてのデザインも違います。更にタイトル見ても第1部なのか第2部なのかよくわからない。ここら辺の事情を知らないと、
『聖ロザリンド 総集編』が 『聖ロザリンド(世にもこわい話)』の続きだと思わず、単に内容が同じ本の再販版だと思われたり、「総集編」と銘打たれているから、第1部と第2部が一緒になった完全版だと思われたりする誤解が生じます。
ちなみに1979年にもヤングレディKCデラックスのレーベルで「聖ロザリンド 戦慄編」という単行本が出ますが、こちらも後半の第2部のみの掲載でした。結局第1部第2部が通して読める単行本は、1992年に出た「わたなべまさこ作品集 聖ロザリンド」を待たなければなりませんでした(ここらヘンの刊行年の情報は図書の家のデータを参考にしております)。
実に古本屋泣かせのややこしい経緯の作品です。この文章書いている古本屋の親父もかつては収録内容を勘違いしておりました。まあ古本屋の親父の愚痴なんかどうでもいいか(笑)
内容もちょっと説明。でも自分で考えるの面倒だから、これも図書の家からちょっと借用(卯月もよさんに感謝)。
(借用開始) ロザリンドはロンドンの博物館長を父に持つ8歳の美少女。その天使のような容姿と品のある仕草に誰もが彼女を愛してしまう。しかし彼女は実は母方の呪われた血を引く天性の殺人鬼だったのだ。ロザリンドは自分の宝物を増やすため、嘘つきをこらしめるため、時には人助けのため、次々と無邪気な殺戮を重ねていく。(借用終了)実に手抜きでゴメンなさい。
この無邪気で天使のような殺人鬼に読者がどのような感慨をもつかは、本論では関知しません。本論では、何件の事件が起きて、何人の人間が死んで、そのうちロザリンドちゃんがどのように関与したかだけ述べます。
実は今までこの作品を店のホームページや、雑誌のインタビューなんかで薦めておきながら、何件の事件があって、何人が死んだのかきちんと確認したことがなかったので、この際ちゃんと把握しておこうというのがこの文章の趣旨です。
ではでは事件の概要を被害者、殺害方法、殺害動機、罪状の順に列挙します。
1 メリイおばさま
バルコニーに氷を置いて足をすべらせるように細工。転落死。
おばさまが死んだら貰えると約束していた金の置時計欲しさに殺害。
一応故意が認められるので殺人罪。しかし氷を置くという殺害手段は、確定的とはいえず未必の故意である可能性もある。
2 いとこのダリア
トリカブトで毒殺したあと指を切り落とす。
指輪に触れずに取ることができたらあげると言われたのでその通りに実行した。
意図的にトリカブトを飲ませているので殺人罪が適用される。
3 アルフレッドおばさま
首に縄が引っかかった状態でロザリンドがぶら下がり窒息死
アルフレッドおばさまは、遊んでいると思い込んでいて殺意はない。
過失致死を問える状況でもない。無罪。
4 野良犬
小鳥を食べた野良犬の腹を割いて小鳥を取り出す。
家政婦のコティの可愛がっていた小鳥を食べたの、取り返してあげようとした。
現在の日本や欧州では動物愛護法に違反する可能性あり。
5 浮浪者ベン
睡眠薬の過剰摂取。死亡後に両目をくり抜かれる。
眠れないというのでよく眠れるお薬をあげる。覗き見が出来ないように目をくり抜く。
睡眠薬が死ぬような薬とは認知していないので、過失致死にも問いにくい。両目をくりぬいたことは死体損壊罪が適用される。
6 イリアスとマルガリータ
焼却炉に閉じ込めたあと火をつけて焼き殺す
二人の仲が良いのを嫉妬した。
完璧に殺意ありで殺人罪。
7 ヤング刑事
工事現場の砂穴に誘い込み生き埋めにする。
母親をイジメたと勘違いして恨む。
殺意があったことを母親に告げている。殺人罪。
8 ミケーネ(母親)
ロザリンドの殺人を知って無理心中を図るが、自分だけ死んでしまう。
ロザリンドは無関与。
9 アンリ(伯父)
屋根から転落して死亡。
屋根で日光浴することを知っていて、屋根にロウを塗っておいた。
伯父の持っていたロケット欲しさに殺害。殺人罪。
10 アルフレッド(執事)
コブラに噛まれて死亡。
コブラを使ってロザリンドを殺そうとするが、どうしても殺すことができずに逆にコブラに噛まれる。
ロザリンドは無関与。
ここまでが第1部で次から第2部。
11 修道院のシスター(18人)
井戸に入れられた青酸カリで全員死亡。
修道院で流行っていた風邪を治してあげようと薬(青酸カリ)を井戸に投与。
ロザリンドは風邪薬だと思っているので過失致死も問えない。その後シスターたちを十字架に貼り付けた件については、死体損壊罪が適用されるかもしれないが、善意から出ている行為であるので判断は微妙。
12 車いすに乗った老婆
池に突き落とされ死亡。
死にたいと言っていたので池に突き落として死なせてあげた。
老婆は本気で死にたがっていたわけではないので、自殺幇助というよりはやっぱり殺人罪。
13 ローラ(公園で知り合ったリザの母親)
首筋にバターを塗りつけネズミに食い殺させる
リザが母親に家にいてほしいという願いを叶えてあげるため。
善意からの犯行だけど故意が認められる。殺人罪。
14 ジョナサン(ママによく似たべべという女性の彼氏)
ガス爆発により死亡。
べべの心中につき合わなかったので、ガス栓ひねって火をつける。
殺意あり。殺人罪。
15 ミンナとグレーテル(街で知り合った姉妹)
遊んでいて怪我をし出血したミンナ(妹)に輸血しようとグレーテル(姉)から注射器で血を抜く。ふたりとも結局失血死。
ミンナに関しては事故。グレーテルに関しては、殺意はないけど故意なのか何だかもはやよくわからない。さすがにこれは8歳といえども過失致死になりそうな気がする。
16 ローヤル婦人(道で知り合った財産家の未亡人)
首に針を突き刺し殺害。
死んだらもらえると約束した小物入れをもらうため。
殺意あり。殺人罪。
17 ジュン(空港にいた女の子)
階段の手すりで滑り落ちる遊びに誘って転落死させる
ロンドン行きのチケット欲しさ。
死ぬ危険性を認識しているので、未必の故意が適用される。殺人罪。
18ジム(逃亡中の犯罪者)
ロザリンドを追っていた警官が自分を捕まえようとしていると勘違いし、ロザリンドを人質にとって時計台に立てこもるが、時計台の歯車に巻き込まれ死亡する。
殺意はなくて、基本的には事故。
19家政婦のマギー
舌をハサミで切り落とす(生死は不明)。
ママが死んだという嘘を付いたのが許せなくて。
生死不明なので取り敢えず傷害罪。
とまあ、すごいですね〜。結局全19件の事件が起こり、死亡したのは全部で36人と1匹、さらに傷害1人。ただし自殺だったり、事故で勝手に死んだり、殺人罪や過失致死を適用できない例を除くと、実質は12名の殺害と1件の傷害、1件の死体損壊、1件の動物愛護法違反というのが、とりあえずの罪状となりそうです。
もっとも先進国の法治国家の中で、8才の少女に殺人罪を適用する国はまずありえないとは思います。日本の場合なんかでも14歳以下は刑事責任を問えません。
さて内容を整理できてようやく店主はスッキリ(?)しました。
今回再読していて一番描写がエグいなと思ったのは、一番最後の家政婦マギーの舌を切り落とす場面(図3)。
こんなおっかない形相で”すわって! そこへ!”といわれたら、大の大人でも思わず”はいっ!”と答えておとなしく椅子に座ってしまいそうです。ロザリンドちゃんを怒らせると本当に怖そうです。
実にトラウマになりそうな怖い作品ではあります。でもこの悪魔のような天使ちゃんも最後は天国のママのもとに行けたようで、なんとなくハッピーエンドのような気もします(そうかなぁ?)。とにかくわたなべまさこ大先生の5本の指に数えられる大傑作ですので未読の方には是非おすすめします。
そうそう最後に大事なお話を…。「聖ロザリンド」は、”せい・ロザリンド”と読むのではなく”セイント・ロザリンド”と読んでください。ここんとこ重要です(笑)。ちなみに店主は”セント・ロザリンド”と読んでました(恥)。
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