「ザ・ベストテン」などというヒネリのないサブタイトルをつけた時点で、店主の齢が知れようかと思われるが、読んでる方も多分似たようなものと思われるのでその点はご容赦を。まあハッキリと言ってネタ切れの際の時間稼ぎネタではある。しかも前後編に分けてしまうという凶悪さ(笑)。
ほぼマンガ専門古書店(しかも限り無く少女漫画オンリー)なんかをやっていると、たまにどんなマンガが好きですかという質問を受ける。正直言って好きなマンガは、星の数ほどとは言わないけれど、両手両足の指使っても数えきれそうもないので、いつも返答に窮して場当たり的なお茶を濁したような回答をしていた。
まあこの際、自分の好きな漫画というのを整理してみるのも手かなと思い、この文章書いてます。そんなわけで自分の好きなマンガ・ベストテンです。ただし候補を絞り込む上で幾つか条件を設定した。
まずは個人的趣味に依る選択に走った。世間的な評価とか知名度は一切無視。だから"なんでこの作者が入っていない"とか"なんでこの作品が入っていない"とかのクレームは受け付けません。
まず超メジャーなマンガ家さんは外した。だから萩尾望都も竹宮恵子も大島弓子も入っていない。まあ私が、"メリーベル! ゴロゴロ〜!"とか"ナイルキ! ゴロゴロ〜!"とか"チビ猫! ゴロゴロ〜!"なんて文章書いてもしょうがないだろうし、多分誰も読みたがらないだろう。
マンガ家を選ぶのではなく作品を選んだ。だから坂田靖子なんかはすごく好きなんだけど逆に好きな作品がありすぎて文章書くのが困難なので外した。この基準で神坂智子もちょっと外しました。
完結していない作品は外した。だから、あしべゆうほ「クリスタル・ドラゴン」とか三浦建太郎「ベルセルク」は外した。「ベルセルク」に関しては、ガッツの持っているベヘリットの行く末が気になって気になって夜も眠れず昼に寝てるくらい好きなんで、ちょっと残念。
それでも10作品に絞り込むのが困難なんで男性マンガ家の作品は外した。てなわけで森田信吾「攘夷 幕末世界」とか荻田広式「かけはぎのひと」は外れました。
相変わらず前置きが長いなぁ。まあ、前置きが長いのは芸風だと思って諦めてください。それではベストテンの発表です。ちなみに発表順番は順位じゃないです。順位は付けられません(笑)
・文月今日子「スー・セント・マリーの恋」 初出:新書館『グレープフルーツ』1988年4月第39号(最終号)
正直言って自分は文月今日子のあまり良い読者ではないと思っている。1990年代以降の作品はあまり読んでいないし、2000年以降の作品は全くといって読んでいない。文月今日子のラブコメはレベルも高いし面白いとも思うのだけど、それ以上に「地中海のルカ」とか「ノクターン」とかのドラマチックでどシリアスな作品が大好きだった。
「スー・セント・マリーの恋」は、新書館『グレープフルーツ』誌の最終巻に掲載された中編である。
幼い頃のケガで脳に障害を持ったスーと事故で記憶を失ったジョン(ハリー)の物語である。記憶を失ったジョンは3年の間イギリスのヨークシャーで、スーと一緒に夢のような穏やか生活を送っていた。ある日ジョンは事故前のハリーの記憶を突然取り戻し、ジョンとしてスーと暮らしていた3年間の記憶を失ってしまう。
郷里のニューヨークに戻ったハリーは、事故前のフィアンセであったアリスが既に別な男と結婚してしまった事を知る。傷心のハリーの元にイギリスからスーが追いかけてくる。だがハリーには既にスーと暮らしたジョンとしての記憶が無い。失われた記憶と失われた愛の間に苦しむハリー。失われた愛を取り戻そうとするアリスとスーのふたり。やがて悲劇が起きる。
私はこれほどまでに切なく美しいラブストーリーを他に知らない。読むたびに涙腺が破壊されたように緩んでしまうのだ。
「スー・セント・マリーの恋」は、1988年9月に新書館から発行された『ファランドール』に収録された(ちなみに同時収録の「海苑」と「ファランドール」も傑作)。2003年には宙出版から文庫本として『スー・セント・マリーの恋』が刊行。さらに昨年講談社から刊行された少女漫画アンソロジー『好きです、この少女まんが。』第5集にも収録されました。比較的入手しやすい作品なので、ぜひご一読を。きっと涙腺破壊されます。
・水記利古「逆魔法」 東京三世社1989年12月発行 単行本描き下ろし
水記利古の知名度に関しては結構微妙だと思う。よほどマンガ好きじゃないと知らないと思われる。単行本は全部で7冊あるが、そのうち4冊は描きおろしで、青心社から3冊、東京三世社から1冊出ている。連載をまとめたものは東京三世社から3冊出ているがそのうち2冊は月嶋みずき名義である。連載自体も東京三世社の『クレッセント』とか新書館『グレープフルーツ』とか結構マイナー。ついでに古書関係を調べても、某くだん書房とかいうどこぞの古本屋の目録では"水記利子"と名前が間違えられていたりした。まあそのぐらいマイナーではある。
初めて水記利古の存在を知ったのは同人誌だった。1980年代の前半ころ、『スカイ・クロラ』で有名な森博嗣が主催(正確には主催は奥さん)していたジェット・プロポスト社という同人サークルがあった。森博嗣も当時はもちろんまだ無名でしかも小説ではなく、"森むく"という名義でマンガを書いていたような時代だ。そのジェット・プロポスト社発行の同人誌に水記利古が掲載されているものがあった。正確な年代とか誌名を確認するために実家の腐海(大腐海)を発掘してみたが、残念ながら発見に至らなかった。はっきりした記憶が無いのだけれど短めのギャグマンガだったような気がする。
店主は同人誌で初めて知ったが、一般的には新書館『グレープフルーツ』の「星田村シリーズ」(掲載1981年〜84年)で知った人のほうが普通だと思う。白状すると店主は単純にこの時期の『グレープフルーツ』読んでませんでした。
その後、1987年になって青心社から『ぎやまん亭奇談』という単行本が出た。これは「長崎ミステリー案内」という描き下ろしシリーズ第1作目。これで店主はようやくまとまった量の水記利古作品を読みました。印象は絵はちょっと荒っぽいけどストーリーとかキャラクターはちょっと魅力的に感じた。「長崎ミステリー案内」シリーズは、その後半年くらいの間隔で『交雑酔夢少年(チャンキー・ボーイ)』、『チャイナマーブル』と3冊まで刊行された。特に3冊目の『チャイナマーブル』に出てくる愛月という少女がえらく魅力的で、店主はこれですっかり水記利古にハマッテしまった。
前置きばかりでなく途中もくどくど長くてすみません。これも芸風だと思って諦めてください。さてようやく『逆魔法』の話です。1989年12月に東京三世社からマイコミックスとして発行されました。確証は掴んでいませんが多分間違いなく描き下ろしのはずです。
全158ページの作品は"エミコ"、"ノリコ"。"アカネ"の3部構成から成る。事件は新人カメラマンのシローが海外撮影から帰国するところから始まる。シローは恋人である新進女優のノリコから、いきなり別れの手紙を受け取り、さらにその直後にノリコの自殺の報を知らされる。やがてピアニストであるノリコの双子の姉エミコから事件の真相が語られる。前週に殺されたエミコのピアノの師匠である咲奏政彦との子供をノリコは孕んでいたというのだ。"エミコ"の立場から事件のアウトラインが語られ、次の章"ノリコ"で事件の隠された背景が語られる。そして最後の僅か6ページの"アカネ"という章において、ノリコ、エミコ二人の母親であるアカネから誰も知りえなかった事実が語られる。単純な愛憎劇と思われた事件が章を追うごとにガラガラと悲劇の度合いを深めていく。
個人的には『チャイナマーブル』が好きだったけど、やはりこの『逆魔法』が、悲劇的なミステリーを得意とした水記利古の代表作にして最高傑作だったと思う。水記利古は、90年代中盤東京三世社がマンガ出版から手を引くのに呼応するように作品を見かけなくなった。個人的には同人誌でもいいから、新しい作品を読んでみたい。
・木村晃子「日暮町夢色小路」 初出:白泉社『ララ』1983年6月号
1980年頃、理系大学の研究室(特に情報処理系)のワークステーション(当時主流だったパソコンより大分高級なコンピュータ)の脇には、白泉社『ララ』が標準装備されている。という冗談が真顔でまかり通るくらい、当時の『ララ』の男性読者比率は高かったのだ。店主は理系大学に在学していたけれど物性系の研究室だったので、隣のソフトウェア工学の研究室に遊びに行っては『ララ』の山岸凉子「日出処の天子」とか猫十字社「黒のもんもん組」なんかをせっせと読んでいた。だから木村晃子のデビュー作「お池にはまってプリンセス」(初出:ララ1982年6月号)は、読んでいる可能性はあるはずなんだけど、記憶には全然残っていない。で、今回の「日暮町夢色小路」に関しては1983年の3月には大学を卒業してしまったので、残念ながら『ララ』本誌ではこの作品を読んでいない。結局この作品を含め木村晃子の作品を読んだのは、単行本『銀襴緞子』(1986年11月発行)が出て以降だった。初めて読んだ印象は、やたらと着物を出てくる女性が多くて、昭和のノスタルジー(当時まだ昭和だったけど)を感じさせる作風だなぁだった。ちょっと荒くてかすれたように消えそうな描線に、キラキラとした光と同時にセピア色の写真を見るような懐かしさを感じた。
「日暮町夢色小路」は、中学二年生の信二と古びた通りの古びたタバコ屋兼駄菓子屋の看板娘の浮代とのお話。浮代は、3年前に死んだ信二の兄のお嫁さんだった。若くして寡婦となり気持ちの置き所を見つけられない浮代と、3年経った今でも死んだ兄のことを思い続ける浮代の心中を知りながら、何もできずにいるガキの自分にいらだつ伸二。これはそんな二人の暖かでちょっと切ない交流の物語だ。
浮代が着物を着ていたり、建物の描写がまるで1960年代の下町を彷彿させるが、ガンダムのプラモという言葉が出てくるので一応時代設定は1980年代のようだ。良くも悪くも木村晃子の原点となった一作だと思う。作者の木村晃子は東京の下町でかつて駄菓子の問屋街があった日暮里生まれ。駄菓子屋と下町は木村晃子の原風景なのかもしれない。
木村晃子は白泉社『ララ』でデビューした後、比較的早い段階で、白泉社『シルキー』や秋田書店『デジール』などのレディス誌に活躍の場を移した。水があったんでしょうね。今でも秋田書店『Eleganceイブ』や『フォアミセス』で活躍中です。絵柄は少し変わりましたが、暖かで安心できる作風は30年たった今でも相変わらずです。
一つだけ難をいえば『夏祭り』以降新しい単行本が出ていません。秋田書店さん、是非新しい単行本を出してください。ついでに「哀愁のダッシュマン」の完全版も出してほしい。
と、3作品しか挙げていない時点で字数が尽きた(爆)。冒頭で前後編にすると書いたけれど、これはどうやっても前後編2話構成では終わらないので、前中後編の3話構成にします(本当に凶悪だなぁ)。
次回、"阿保美代"に続く。
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